クスリ

薬には副作用がつきものであり、それを恐れる患者さんが少なくない。少なくないどころか、薬物療法を開始しようとすると、ほとんどの患者さんが心配そうな表情で「副作用はないですか」と質問される。中には口でははっきり言わないけれど、実際にはのまなかったり、適当に減らしてのんでいる人もいる。これでは有効とわかっている薬も効かないし、病気もよくならない。
 患者さんは副作用に対する不安と、周囲からの脅しの両方にうち勝って薬をのまなければならないわけで、これでは安心して薬物療法を受けることが出来ない。

 自分の治療薬について一通りの知識を身につけたら、薬を指示通り服用し、その結果どんな効果があったか、なかったか、副作用と思われる症状はどのようなことがあったか、などをありのままに医師に伝えることが重要である。すなわち、薬の服用結果についての情報を正しく医師にフィードバックするのである。医師はそれを聞いてその患者さんにより効果的な薬や用量を見定め、その患者さんに現れやすい副作用に注意し、処方に反映させることが出来る。こうして医師と患者との共同作業で薬物療法が進んで行く。

副作用は、大部分、薬を続けるうちにだんだん慣れてくるものですが、もう一つの副作用の「依存性」の方は、長く続けているうちに形成されてきます。「依存」というのは、その薬の効果を求めて、またはその薬がない場合の苦痛から逃れるために、薬を継続的に摂取したいという、抑えがたい欲求や行動が起こることを言います。

 治療で用いられるような量では、連用しても急にやめないようにさえ気をつければ心配はありません。しかし何ヶ月も続けていた薬を急にやめたりすると、効果が切れるだけでなく、離脱症状または退薬症状と言って、薬と体との間で保たれていたバランスが崩れるために起きてくる症状が現れることがあります。不安、不眠、イライラ、吐き気、知覚異常、けいれん、などです。薬をのめばすぐ治りますが、それでは依存から抜け出せません。

 どうすればよいかと言うと薬をいっぺんにやめずに、だんだんに減らしていけばよいのです。時間をかけて薬の量や服薬回数を減らします。また血中半減期の短い薬から、長い薬へ切り替えるという方法もあります。いずれも医師の指導のもとに、慎重に行う必要があるので、素人判断は禁物です。症状がよくなって、そろそろ薬をやめても良いのではないかと思ったら、急にやめずに、必ず主治医に相談して下さい。

 「依存性」は薬のためだけとも言い切れません。病気のために憶病になりすぎてしまって、薬から離れられないという精神的な依存もあります。この場合は精神療法や行動療法が必要になってきますが、根本的には薬を絶ちきることへの患者さん自身の勇気の問題です。ただしその勇気がなくても、量が少なければ、長く続けていても実害はありません。




             プラセボ効果

 外見は本物の薬と全く同じ形、大きさ、色でありながら、薬効成分を全く含まない薬があります。プラセボ(偽薬)と言って、新しい薬の効果を調べる(治験と言います)ときにわぎわざ作られます。治験が終わった後、どちらの薬だったか種明かしをしてもらい、本物の薬がプラセボより有効だったかどうか判定するわけです。本物が勝つに決まっていると思われるでしょうが、実際はそうでもないのです。過去の試験ではプラセボに勝てなくて開発や発売が中止になった薬がたくさんあります。

 プラセボ効果は、どんな病気に対するどんな薬でも、大体30%くらいはあると言われています。ですから少なくともそれ以上は効かないと、本当に効く薬とは言えないわけです。また有効とされている薬であっても、その効果の30%くらいはプラセボ効果が含まれているということにもなります。すなわち、実際の薬の効果は、薬そのものによる薬理作用とプラセボ効果との総和なのです。

 プラセボ効果はなぜ起こるのでしょうか。二つの大きな要因があると言われています。一つは心理的効果で、暗示によるものです。他の一つは自然治癒です。自然治癒は人に本来そなわった力で、プラセボであってもなくても当然働きます。ここでは心理的効果について考えます。
 俗に「イワシの頭も信心から」と言いますが、たとえイワシの頭(プラセボ)であっても、信じれば霊験あらたかなことを教えています。実薬であればなおさらで、効果が倍加されるということです、信じるということは、一種の自己暗示をかけることに似ています。人の暗示作用は、催眠術の例を見るまでもなく、非常に大きな力を発揮するもので、自己暗示の場合も同様です。スポーツでも仕事や勉強でも、自分に良い暗示をかけられる人は、高い成功率や良い成績を出すことが知られています。逆にマイナスの暗示は悪い結果と結びつきやすいのです。

 従って、薬やそれを処方した医師に不安・疑問・不信感などを抱いたままくすりを飲んでもよく効きません。それらが自然にマイナスの自己暗示を与えてしまうからです。それどころかしばしば副作用が出ます。実は、不思議に思われるかもしれませんが、プラセボでも副作用が出ます。プラセボ自体には何の薬理作用もないわけですから、薬理作用による副作用は出るはずがなく、これはまるまる心理的効果によるものです。薬を飲んだときに起こる副作用には、薬自体による本来の副作用のほかに、このプラセボ効果も加わっていることが多いのです。


 薬の効果や副作用はプラセボ効果と関連が深いことがわかりました。プラセボ効果は薬を飲む人の心理状態に左右されます。医師や薬を全面的に信頼して飲めれば、薬の効果にプラセボ効果が加味されて、最高の効果が期待できます。しかし現代は薬に関する情報があふれています。たとえ医者にもらった薬でも、頭から信用する人は少ないでしょう。むしろさまぎまな疑問を持ち、それを医師にたずね、自分でも勉強し、納得した上で薬を飲むのが正しい態度とされています。

 しかしそうして納得出来ればよいのですが、例えば「不安」は人を何事に対しても必要以上に心配症にさせます。医師から服薬の必要性をいくら説明されても、副作用への心配が先に立って、薬を飲めない人がいます。中には自分で勝手に減らして飲んだり、途中でやめてしまったりする人がいて、これでは薬が効かないのは当然ですが、こわごわ飲んでいる場合もあまり効きません。

 逆に医師の方の薬に対する態度もプラセボ効果に関連してくることがわかっています。専門知識に裏づけされ、自信をもって処方された薬はよく効きます。処方が正しいからだけでなく、薬や薬物療法に対する医師の肯定的な態度が、プラセボ効果となって薬効にプラスされるのです。医師が患者に対して抱く感情も薬の効果に影響すると言われています。医師も人間ですから、好感のもてる患者とそうでない患者がいるのは確かで、患者が医師に抱く感情の場合と同様に、良い感情はプラスに、悪感情はマイナスに働きます。医師と長くつきあっていくには、一見非科学的のようですが、「相性」の良い医師を見つけることも大切なことと言えます。